食と健康学“原発事故救済 県境の壁”

　　 　「賠償、除染進まず」宮城・丸森町

　東日本大震災から千日を過ぎ、
被災地は3度目の冬を迎えようとしている。
東京電力福島第1原発事故の余波は今も暗い影を落とすが、
苦悩する人々は宮城県など周辺の地域にもいる。
県境を越えた放射性物質で暮らしを分断され、
支援を求めても賠償や除染などの対応は福島より格段に劣る。
「同じ被災者なのに・・・」。
見えない県境の壁が、住民たちを苦しめている。

　 宮城県の南端にある丸森町筆甫(ひつぼ)地区。
金森正子さん(60)は阿武隈山地に抱かれたこの山に10年前、
郷土料理店「ひっぽ森林のレストラン」を開いた。
だが、今年1月から休業している。

 　「豊かな山の恵み」
　「あの松の根元にはホンシメジが生えるの」。
店の窓から外を眺め、金森さんは唇をかんだ。
以前なら秋から冬に向かう時期は旬のキノコが膳を飾り、来店客を喜ばせた。

　窓から見える峰の向こうは福島県。
原発事故後、放射性物質は風に乗り、筆甫地区にも流れた。
それでも、直後は地元産の山菜、イノシシ肉から基準を超す濃度は検出されず、
金森さんは震災で閉じた店を1ヵ月半後には再会した。

　だが、その後、牧草の放射能濃度が基準より高いことが分かり、
地区内の小学校や牧場などで除染が行われた。
農産物では現在まで基準値超えはないが、2012年春には丸森町産の
原木シイタケとタケノコ、ゼンマイ、さらに県全域でイノシシの出荷が制限された。

　自然の恵みに支えられてきた暮らしも損なわれ金森さんの店も
客足が目に見えて減った。
問題のない食材を使っていたが、自信を持って料理を出せない。
つらかった。
「無理して続けなくても・・・」と、閉店を決めた。

 　一大決心をして始めた店だ。
夫と林業を営んできたが、長男が後を継いだ13年前、
「過疎や高齢化で荒れていく地域に人を呼び込み、元気にしたい」と決意。
反対する家族を説得して約1千万円を借金し、
夫が切り出した木材を使い約100平方㍍の店を建てた。

　「請求認められず」 　
　ヤマブドウや特産のヘソ大根・・・。
旬の食材を使い母から作り方を学んだ料理で店は繁盛した。
借り入れも完済した。
だが今、厨房は時々注文を受ける弁当のなどに使うだけ。
東電に風評被害による収入減への賠償として180万円を請求したが、認められなかった。
納得できる理由の説明はなかった。

　800人余りいた地区の人工は震災前から1割減った。
山村暮らしにあこがれる若い移住者を積極的に誘致し、彼らが地域を活気づけてきたが、
そんな13世帯のうち4世帯は地区を去った。
9年前に仙台から移住した、まちづくり団体職員の
吉沢武志さん(37)も妻子とともに町外に転居した。
そこから地区の職場に通う毎日だ。
11月、原発事故の影響を視察に来た約20人の案内役を務めた吉沢さんは、
県境近くに立って訴えた。
「ここから先の福島では除染で表土をはぎ取るが、丸森では腐葉土の除去と除草だけ。
県も国も正面から向き合ってくれない」

　東電に賠償金を断れた金森さんは、再度申請したが、今も回答はない。

　 「賠償金 福島の半分 / 支援法は対象外」 　
　環境省によると、空間線量が毎時0・23㍃ｼｰﾍﾞﾙﾄ以上だと
年間追加被ばく線量(原発事故による線量)は国が除染の長期目標とする
1㍉ｼｰﾍﾞﾙﾄを上回る。
丸森町では原発事故1年後の2012年3月でも85調査地点の8割で0・23を超えた。
現在は大半で0・2㍃ｼｰﾍﾞﾙﾄ以下だが、県境ではなお0・4㍃ｼｰﾍﾞﾙﾄ台の地点がある。

　だが除染作業は、福島県では表土の入れ替えや高圧洗浄機の使用が
国に認められているのに対し、宮城県では除草など最小限にとどまる。
丸森では今年7月に住宅周辺での除染が始まったばかりだ。

　東電が精神的損害に対して支払う賠償額も、福島県内の自主的避難区域では
子供・妊婦52万円、大人12万円だが、丸森町では子供・妊婦は28万円、大人4万円。
筆甫地区の住民ら計698人は5月、
これを同水準にするよう関係機関に申し立て、現在審査中だ。

　10月に閣議決定された原発事故子ども・被災者支援法の基本方針でも、
健康調査や就学支援などを包括的に行う支援対象地域は福島県内に限り、
丸森は外れた。
保科郷雄町長は「起きていることは福島と同じ。
なぜ被災地と認めてくれないのか」と憤る。　北海道新聞記事

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